宮田 利男(みやた としお、1952年10月29日 - )は、将棋棋士。棋士番号110。秋田県大曲市(現在の大仙市の一部)出身。高柳敏夫名誉九段門下。

棋歴

奨励会入会が16歳という遅いスタートであったが、1972年、20歳で四段となりプロ入りする。

宮田の戦績には棋戦優勝やタイトル戦登場がない。しかしながら、準優勝などの活躍(後述)は何度もあり、通算勝率5割以上を長らくキープしていた(通算対局数1000局到達の前後から5割を割っている)。タイトル戦昇格1年目の第31期王座戦では、兄弟子の中原誠と挑戦者決定戦を戦って敗れた。

順位戦への参加は1999年度限りとし、フリークラス宣言をした。

2017年3月31日、フリークラス規定により同年度の最終対局をもっての引退が確定。3月末時点で第30期竜王戦・6組昇級者決定戦のみに出場権を残していたが、5月16日の対局で青野照市に敗れ引退が決定した。

引退後は、世田谷区三軒茶屋の将棋教室「三軒茶屋将棋倶楽部」や連盟道場などで普及活動に努めている。

棋風

生粋の居飛車党であり、相居飛車の先手番では矢倉を目指し、相居飛車の後手番では相手からの誘導に追随して矢倉、角換わり、相掛かりを指す。また、相手が振り飛車で来たら、玉頭位取りから銀立ち矢倉として、相手の玉頭に攻めかかる。こういった棋風は、デビュー以来一貫している。

人物

  • 将棋ファンからは「トトロ先生」の愛称で親しまれている。
  • ネット上では「ちー坊」とも呼ばれるが、これは宮田と親交のあった石立鉄男の名台詞「おい、チー坊!」に由来する。
  • 修行時代は高柳の内弟子であった。
  • 将棋の普及を重んずる師匠の意思を継ぐかのように、自ら将棋道場を開いている。
  • 1986年1月31日第36期王将戦一次予選1回戦、この対局がプロデビュー戦となる中学生棋士・羽生善治の対戦相手となった。結果は118手で後手羽生の勝ち。なお、宮田と羽生が公式戦で対局したのは、この1局のみであった。

昇段履歴

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 1968年 4級 = 奨励会入会
  • 1970年 初段
  • 1972年10月1日 四段 = プロ入り(東西奨励会三段1位同士での決戦)
  • 1980年4月1日 五段(順位戦C級1組昇級)
  • 1984年9月25日 六段(勝数規定)
  • 1994年7月6日 七段(勝数規定)
  • 2015年4月1日 八段(フリークラス規定)

主な成績

準優勝等

  • 第1回(1977年度)若獅子戦 - 準優勝(優勝は小林健二)
  • 第31期(1983年度)王座戦 - 挑戦者決定戦進出(中原誠に敗れて、タイトル戦登場を逃す)
  • 第14回(1983年度)新人王戦 - 準優勝(決勝三番勝負で中村修に2-0で敗れる)
  • 第17回(1984年度)日本将棋連盟杯争奪戦 - 準優勝(優勝は田中寅彦)

在籍クラス

表彰

  • 1997年 現役25年表彰

弟子

棋士となった弟子

(2025年1月15日現在)

女流棋士となった弟子

(2023年11月1日現在)

脚注

関連項目

  • 将棋棋士一覧

外部リンク

  • 日本将棋連盟の紹介ページ

将棋 棋譜並べ 宮田利男八段 vs 青野照市九段 第30期竜王戦6組昇級者決定戦 第27回世界コンピュータ将棋選手権優勝「elmo」の棋譜解析

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